『桜の園』 チェーホフ/小野理子 訳

トロフィーモフ: 昨日は長時間喋って、何の結論も得られませんでしたね。あなたがたのおっしゃる誇り高き人間には、少々摩訶不思議なところがあります。あるいはあなたがたにもそれなりに理はあるかも知れません。が、率直に真正面から論ずれば、人間が生理的に貧弱で、大多数は粗野で馬鹿で不幸せである場合、誇りなんてことを口にしてもおよそ無意味でしょう。自己満足はやめるべきです。労働することこそが大切なんです。

岩波文庫版、p66)


仕事をしない管理職が鈴なりになった踊りまくりの長時間会議で是非とも一席ぶってみたい演説ですね。

しかし、劇中でほぼ唯一、ある程度理にかなったことを言うトロフィーモフが、外見としては何とも貧相に描かれるあたり、チェーホフ先生も意地悪だ。

もう一発。こちらは有名。

トロフィーモフ: 全ロシアがわれわれの園です。大地は偉大で、美しい。地上には素晴らしい所がいっぱいありますよ。
いいですか、アーニャさん、あなたのおじいさん、ひいおじいさん、代々の御先祖は皆、生きた人間を所有してきた農奴主でした。園の桜の実の一つ一つ、葉の一枚一枚、幹の一本一本から、人間の目があなたを見てはいませんか、声が聞こえはしませんか? 人間を所有する――この事実が、あなたがたみんなの、過去にいた人、現在いる人みんなの、人格を変えてしまった。その結果、お母さまもあなたもおじさんも、自分たちが負債をしょって生きていること、あなたがたが控えの間より奥へ通しもしないその人たちの、稼ぎによって生きていることに、気づいていないのです。

岩波文庫版、p74)