植物診断室

寛樹は一瞬、大鳥居に飛行機が突っ込む映像を幻視した。すぐに、自分がいかにメディアの映像を擦りこまれているかを思って恥ずかしくなり、一人で苦笑いを浮かべる。だが次の瞬間には、その飛行機は飛ぶのも不思議なほどオンボロの戦闘機となり、操縦席には、先端が茶褐色に膨らんだツクシの手足を何本も突き出させた肉の塊が見えた。大鳥居は口を開けて、飛び込んでくるスギノコたちを呑み込む。遺族以外の集まった人々は、湯気が立つほど熱くなってスギノコを讃え、「もっとスギノコを!」と要求しているかのようだ。実際、かれらは熱で溶けてひとかたまりの肉に見える。まるでつみれでも煮るように、熱狂するその溶けた肉から一ちぎりの肉がつまみ取られ、丸められ、操縦席に盛り込まれる。エクスタシーを感じて、歓声が上がる。

(p120)
父親たちの神風特攻隊を、ここまで凄まじい生々しさで描いた文章はないと思う。
この肉感的なまでのイメージから、また独身中年男である寛樹の母親が頻りに息子に対して父親になるようプレッシャーを掛けることからもわかるように、「父親」たる存在は、当の「父親」たち自身だけでなく、「父親たるもの」を求める人々によって作り出されるのだ。だから昨今またしても増殖の気配が漂うこういう種族の、存在をただ責めて済む問題ではないんですな。
この作品は芥川賞落選作だそうで、斎藤美奈子が朝日コムの書評で「芥川賞の選考委員こそ植物診断を受けたほうがいい」なんて毒吐いてましたが、まあ選考委員の顔ぶれを見ると揃ってスギノコに万歳三唱しそうな面子なので、仕方ないかという気になる。著者のほうで「芥川賞候補退場」を宣言されたようですし、それで良いんだと思います。