ハーモニー/子どもの最貧国・日本/またの名をグレイス・下

さぼっていた読了本記録。

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

一気読み。あのマークアップ言語風記述形式の理由が最後でわかる仕組み。以下激しくネタバレなので未読の方注意。



世界が極端な空気読む社会になった挙句、そのあまりの閉塞感に絶望するも、もはや空気読まない世界にも野蛮すぎて戻れず、世界全体が引きこもる、という話として読んだ。
しかしだ。ここで例によって重箱の隅を突かせてもらうと、この物語は世界全体の「自殺」で幕を下ろすのだが、その「世界」はいわゆる「管理された」世界、健康管理サーバに繋がれた先進国――という概念はもうないから、先進社会と言うべきか――の民だけの話だ。意識を持ち、繋がれない民は、自ら引きこもった「天国」の外縁に残るのだ。「天国」の秩序の下にしか生きられない意識のない民は、その辺縁に存在する無秩序に住む意識ある地獄の民に太刀打ちできるだろうか。意識のある民と意識のない民の接触は否応なく起きるだろう。その結果、ミァハに意識が芽生えたように、結局、意識のない民が意識のある民に駆逐され、世界は再び混沌と化すのじゃないのかな。そして以下エンドレスループ。それもまた考えさせられるテーマである。

読んでいて、一体この国は本当に少子化対策を、というか子どもを大事に育てようとしているんだろうかと思った。著者は経験ある児童福祉専門家だろうし、本書の内容には概ね納得できるのだけど、イギリスの制度を比較的良いものとして紹介している点は、最近覗くようになったイギリス在住の方のブログを読む限りちょっと頷けない。私も何故親は選べないのかと思ったことは何度もあるけど、しかしそれが現実に選べるようになったら碌でもないことになることは明らかで、イギリスはどうやらそういう風になりつつあるようだ。

比較の対象がないので確かなことは言えないけど、どうも翻訳がビミョウな気がする。誤植も多くて、岩波書店の仕事とは思えない。しかし、それを差し引いても、かぶりつきで一気に読ませる力をもった作品だ。このかぶりつきさ加減は、当時グレイスの事件を興味本位に書き立てた新聞やジャーナリストや、それらが無責任に垂れ流す情報に夢中になり、裁判の傍聴に詰めかけ、公開処刑に殺到した野次馬どもの興味津々さと何ら変わるところはないと思う。
そして、本書の記述は、どこを取っても誰の言葉であっても、信用できない。信用できないことが、ありありとわかる構成になっている。文中に引用されるキルトのように、様々な視点からの言葉が断片的に寄せ集められている。それぞれが自分の思惑と欲望に基づいて殺人犯「グレイス」を描き、それはグレイス自身であってもそうなのだ。かくして、様々な切片から構成された万華鏡のように定まらない「グレイス」が出来上がる。
誰もが話したいようにしか話さない。その忘れがちな当たり前のことを深々と思い知らせてくれる作品である。