神無き月十番目の夜

神無き月十番目の夜 (河出文庫―文芸コレクション)

読み終わって呆然とする作である。北関東の一村がまるごと虐殺されることは序章ですでに明らかにされていて、だから結末はわかった上で読み進むんだが、これが苦しいのなんの。事態が加速度をつけて転がり落ちてゆく様を止めようと足掻けば足掻くほど深みに嵌まっていく村人達を覆っただろう重圧と閉塞感を追体験させる筆力は凄まじい。
消耗する原因は、手の中から水が零れ落ちていくさまを見るようなやるせなさと無力感だ。序章で皆伐された村に蜂起の痕跡が見られ、村のヒーローであった藤九郎の存在が囁かれる。藤九郎を中心とした悲壮な決意の蜂起か、と思いきや、理性ある庄屋であった藤九郎は必死に村を守ろうとし、無体な検地を受け入れていたことが明かされる。その足元では、押し付けられる新たな支配体制への不満やら個人的な怨恨や諍いで村人間の結束にも亀裂が入りはじめ、弾みで若衆が検地役人の謀殺をしでかす。自分の死と引き換えに村を守ろうとした藤九郎は村を出る前に呆気なく落馬で死んでしまう。村人たちは済し崩しのように蜂起に雪崩れ込み、しかし有能な武将に率いられた討伐軍になすすべもなく撫で斬りにされる。
無意識に歴史ドラマを期待する読者は裏切られ続け、目の前には、あまりにも些細な偶然、ちょっとした人間の怨恨やエゴの積み重なった結果、無駄死にと言うのも空しい死体が累々と積み上がる。読者の期待を徹底的に打ちのめす作者は、しかし現実というのはこういうものだとおそらく言いたいのだろう。語り口に若干押し付けがましさも感じるけれども、ショック療法的にこういう呆然を味わわせてくれる小説も稀有であって間違いなく傑作。