戦場の画家

  • 『戦場の画家』 アルトゥーロ・ペレス=レベルテ/木村裕美 訳(集英社文庫

ペレス=レベルテが『ナインスゲート』と『フランドルの呪絵』と『アラトリステ』シリーズの作者だったとは知りませんでした。『フランドルの呪絵』は昔座礁したような…。以下、結末に言及しているので未読の方注意。




この作品をミステリと言うのには無理がある。引退して故郷のスペインに戻り、地中海を臨む塔に戦争壁画を描く戦争カメラマンと、かつてカメラマンに写真を撮られたことにより人生が流転したボスニア紛争の元クロアチア民兵がひたすら対話する話。問答はカメラマンの回想を挟みながら哲学的で示唆的。回想の中に登場するカメラマンのかつての恋人も暗示的な人物で、対話と回想は戦争、美術、当事者と傍観者、人間の本性など広範囲に展開していく。作中の写真や絵画への批評的な言及は含蓄深い。正直読んでいる間は、何箇所かの圧倒的な描写を除いて少々だれ気味で、おそらくカメラマンが回想の中の恋人を何らかのかたちで殺したのだろうな、ということもわかってしまったのだけど、結末を読んだあとにはボディーブローのような重い読後感が残る。
あらゆる行為が一見無関係と思われる事象に影響していき、偶然に左右されない事象はないこと、写真は必ずしも真実を伝えず、芸術だけが真実に迫ること、がテーマなのだろう。この小説では写真と絵画の関係が主に語られているけど、文字の世界も同じだと思う。事実の羅列は必ずしも真実を伝えず、フィクションだけが真実に迫る。

ところで、「アマゾンの蝶の羽ばたきがシカゴに大雨を降らせる」は日本のことわざにすると「風が吹いたら桶屋が儲かる」で途端に卑近だな…。