発禁『中国農民調査』抹殺裁判

  • 『発禁『中国農民調査』抹殺裁判』 陳桂棣・春桃/納村公子・椙田雅美 訳(朝日新聞出版)

数年前に『中国農民調査』の訳書が日本でも刊行されたことは覚えている。確か新聞の書評欄に載って、読んでみたいなと思いつつそのままになっていたら、今度は本書が出た。『中国農民調査』を読まないまま本書を読んだが、訳者によれば日本語訳の刊行時点ですでに著者たちはこの裁判の係争中であったため、『中国農民調査』日本語訳では争点となった部分はカットして訳出したとのこと。今回の訳者前書きにその問題の部分が掲載されている。
著者たちが2003年に発表した『中国農民調査』は、中国の農村の凄惨な実態を明らかにしたルポタージュとして中国国内でも世界的にも注目を浴びたが、発表二ヶ月で当局から単行本が発禁処分を受けた。そして著者たちは『中国農民調査』内で実名で言及した地方党幹部から名誉毀損で訴えられた。その訴訟のプロセスを被告である著者たちが発表したものが本書だ。
ここに書かれた訴訟のプロセス、そして訴訟の経緯上触れることになる『中国農民調査』で明らかにされた農村行政の実態は、不公平という生ぬるい言葉では表現しきれない。
中国は一党独裁、というイメージだけが先行して、実際にどういう制度になっているのか全く知識がなかったのだが、本書の末尾に現代中国の制度の解説が載っていて有難い。中国はやはり党治国家であり、法治国家ではない。中国共産党は執政党として憲法にも規定されているという。行政単位のそれぞれに対応する党委員会があり、党委員会がそれぞれを「指導」する。中国の憲法は、選挙により選出された人民代表によって構成される人民代表大会を、国家権力を行使する機関として定めている(第三条)。即ち、国の行政・立法・司法機関は全て、人民代表大会により選出され、それに対して責任を負い、その監督を受ける。三権は分立しておらず、三権と憲法は人民代表大会に従属する。憲法よりも党が強い、という制度は、改めて突きつけられるとちょっと眩暈がするような気分になる。
この裁判の唯一の救いは、判決が出ていないことだ。現行制度下では著者たちの敗訴はほぼ間違いないと見られていたし、実際のプロセスも被告に著しく不利な状況だった。しかし、被告を敗訴とする判決も、逆に勝訴とする判決も出ないまま、係争の舞台となった阜陽市中級人民法院では大規模な汚職が発覚して歴代幹部が大量に処分された。著者たちは結審後に何度も多方面から調停での解決を勧められ、その間にも陰に陽に執拗な嫌がらせを受け、当局から通信や出版に対する制限をも受けて、とても公正に扱われているとは言えない。しかし、少なくとも海外メディアにこの訴訟が紹介されたことで、当局はおそらく被告敗訴の判決は出せないでいるのだろう。また、この訴訟プロセスに対する批判的な論文が、司法の最高機関である最高人民検察院の機関紙に載ったという動きには、中央の分厚いカーテンの下にも風は確実に吹いていることを感じさせる。