モスクワ攻防戦

  • 『モスクワ攻防戦 20世紀を決した史上最大の戦闘』 アンドリュー・ナゴルスキ/津守滋 監訳・津守京子 訳(作品社)(1/26)

史上最大にして史上最悪の戦闘。とにかく酷い。二大巨頭の失策の応酬により、冬服も冬仕様の車両や武器もなしにロシア遠征したドイツ軍と、武器も訓練もなしに文字通り人間の盾として大量投入されたソ連軍との世紀の泥仕合であった。戦略的にも戦術的にも双方がどうしようもなく低レベルの戦いを繰り広げた結果、劇的な勝利も敗退もなく、ただ漫然と、最大規模の犠牲を出しただけという結果が寒々しい。独ソ戦争におけるモスクワ攻防戦は、実際に包囲にまで至らなかったためにレニングラードなどのように大きく取り上げられることがなかったようだけど、それは双方にとってのこの戦闘内容の不名誉さのためだったのだろう。
第一次世界大戦以降の戦争は、こうやって指導者の失策により「漫然と」犠牲が出続ける戦いに変わったのではないかと思う。国が君主の所有物であった時代には、人民も君主の財産の一部だから、それなりに戦争期間の長さやそれに伴う犠牲の大きさに敏感だったんじゃなかろうか。けれど国が名目上は国民のものになり、国民に選挙された人間が指導者になると、結局それは預かりものの資産を運用する使用人のようなもので、使用人にしてみれば自分の腹が直接的に痛むわけじゃないから、損害に鈍感になるのじゃなかろうか。いい加減で鈍感な資産運用人に勝手をされまくっているのが民主主義成立以降の歴史で、いかにそこそこ有能で誠実な資産運用人を選び、かつ万が一そいつに魔が差したとしても勝手をされないような仕組みを作るかを模索し続けて、まだその解決策は一向に出そうにない、というのが現在の状態なのかもしれない。
著者はポーランド系の米国人ジャーナリスト。大部のわりにかなり読みやすく、特にヒトラースターリンの両巨頭、その側近から、一兵士や戦闘に巻き込まれた市民まで幅広い声を拾い集めて、関わった個々人の心情に分け入る記述で非常に読ませる。反面、両巨頭の意思決定のプロセスや歴史的事実は少々追いにくく、実際の戦闘の経緯もちょっとわかりにくい。そっちはきちんとした研究書を当たったほうがいいのかもしれない。