ナチが愛した二重スパイ

  • 『ナチが愛した二重スパイ』 ベン・マッキンタイアー/高儀進 訳(白水社

第二次世界大戦中のドイツとイギリスの二重スパイ「ジグザグ」のノンフィクション。スパイ小説のように面白い。
スパイになる前のエディー・チャップマンは、息をするように悪事を働く犯罪者だった。スパイになってからも何のこだわりもなく双方の陣営を渡り歩き、一方の陣営で右手で握手をしながら左手で盗み、それを対陣営に渡しながら、盗んだ相手にも親愛の情を抱き続けるという、複雑極まりない精神構造をしている。この人の言動を見ていると、一般的な善悪の観念がないように見える。一方で、人を物理的に傷つけるような犯罪には手を染めず、つきあった人間には素朴なまでの善意を見せる。言動だけを見るとどうしようもない悪党なのだが、妙な天真爛漫さと愛嬌がある。だからこそ、超高度での綱渡りのような二重スパイ生活を渡り切り、その上驚くべきことに双方の陣営からも憎まれずにいたのだろう。
しかしこういうタイプのスパイは、もう古き善き時代の姿ですね。例えばドイツが自国から発射したV型ロケット弾がきちんと照準に着弾したかどうかや、その被害程度の情報を一生懸命集めようとしたり、イギリスが「ジグザグ」の破壊工作を模型で捏造して写真に撮ってドイツに偽情報を流したりなんて話は、今聞くと何だか牧歌的。今なら衛星写真どころか、下手すりゃGoogleMapで一発ですな。恐ろしい世界になったものだ。