ヴェネツィアの歴史

ヴェネツィアの歴史―共和国の残照 (刀水歴史全書)

カードを作りに行った隣区の図書館でたまたま見かけて借りてきて、もう1ページごとにハアハア言いながら読んでいた。萌えすぎて。あまりに萌えたので買いました。
それほど分厚くないにも関わらず、非常に中身の濃い本で素晴らしかった。アレキサンドリアから聖マルコの遺体を盗んできて守護聖人とし、ビザンツ帝国に三行半を突きつけて以来、ナポレオンに無様な敗北を喫して滅亡するまでの約1100年間のヴェネツィアの歴史を、政治・文化両面から詳しく解説してくれる。
ヴェネツィアが他のイタリアの都市国家と違って長きに亘って繁栄を保ったのは、スペインとフランスの覇権争いの戦場にされたイタリア戦争で荒廃することがなく、またトルコやヨーロッパでの戦争も、人的物的損害を受けつつも、商業国家としては戦争特需が復興の足がかりになったおかげだという。
ただ、取り扱い品目としては東方の物産と奢侈ではあるが重厚にすぎる高級品がメインであったために、貿易が貴重品から日常品へ変わり、また東方の地位が低下していくなかで、ヴェネツィアの地位もゆるやかに低下していくことは必然であったと言える。独裁制を慎重に排除する政治システムと堅実な財政手腕で都市としては安定し、総じて生活水準が高かったヴェネツィアでは、緩やかな下り坂を下降していく間に苛烈な階級闘争も起きず、都市全体の精神的退行に気づくこともなく、ナポレオンと遭遇することになる。斜陽ではあっても数百年の安定を享受してきたヴェネツィア人にとって、ナポレオンのフランスが齎した階級闘争を背景とした自由主義は理解しがたかったに違いない。身分によって貧富はあっても、パンを寄越せと叫んでデモをしたパリ市民ほどに彼らは困窮してはいなかったのだ。
最盛期の栄光と果敢に比べるに、あまりに腑甲斐ないとしか言いようのないナポレオンに対する敗北は、文明人であるが故の平和ボケの例として、黒船到来期の日本の姿とどこかかぶって見えた。

※参考文献メモ
ヴェネツィア貴族の世界―社会と意識―』 永井三明(刀水書房)