やんごとなき読者/世界文学は面白い。

  • 『やんごとなき読者』 アラン・ベネット/市川恵里 訳(白水社

「本というものはすばらしいですわね」女王が話しかけると、副総長は同意した。「ステーキではありませんが、本は人をやわらかくしますね」

(p134)

エリザベス二世女王が読書にハマったら――とてもイギリスっぽくてチャーミングなお話でした。リアリストな女王の本に対する態度と反応が、すごく「らしい」です。ひそかに夫君の公爵がいい味出してます。湯たんぽを抱えて女王の寝室の前を通りかかった公爵が、本を読んで笑う女王の声を聞いて、「大丈夫?」とドアから首を覗かせるくだりとか、こういうなんでもないシーンがすごくいいです。湯たんぽ。いいなあ。どこかで聞いたジョークに「大陸には性生活がある、英国には湯たんぽがある」っていうのがありましたが(うろ)。笑える。そしてあちこちに、さりげなく含蓄深い言葉がちりばめられている。こういう軽やかな中篇は疲れた頭にはもってこい。

読書の魅力とは、分け隔てしない点にあるのではないかと女王は考えた。文学にはどこか高尚なところがある。本は読者がだれであるかも、人がそれを読むかどうかも気にしない。すべての読者は、彼女も含めて平等である。文学とはひとつの共和国なのだと女王は思った。

(p40)

この文芸漫談シリーズは大好きで、一度実際のライブに行ってみたいものだと前々から思っているのだけど、これまでのところ機会を逃し続けている。今回の本は、文庫本になっていて手軽に入手でき、かつ比較的薄いものを選んだとのこと。とっつきやすさに配慮したセレクトだけに、珍しく私でも半分以上既読。以下、取り上げられている本、私のステータス、本書で印象に残った部分の引用。
カフカ『変身』:既読。ザムザに林檎がめり込むシーンに泣きそうになった。

いとう: …(中略)…「君と世界の戦いでは、世界に支援せよ」というカフカの言葉。あれはほんとにすごいよね。…(中略)…要するに、世界は癒される必要も、問題が解消される必要もないというのが、カフカの理念のひとつになってる。

(p41)

ゴーゴリ『外套・鼻』:未読。ロシア文学は空白地帯。

奥泉:ついでですけど「よい読者ではない」という表現もありますが、これは大嫌いという意味ですね(笑)

(p46)

カミュ『異邦人』:既読。ぴんとこなかった。とりあえず太陽のせいだ。

・ポー『モルグ街の殺人』:既読。このオチは詐欺じゃないかと思った。

奥泉: …(中略)…僕がポーを尊敬するのは、読まれようという強い意欲を持っていた点です。…(中略)…ポーは、消費される商品であると同時に、普遍性を持つ作品として存在したいという矛盾を引き受けた。

(p141)

・ガルシア=マルケス予告された殺人の記録』:積読。最初の3ページくらい読んだはずだけど、全く記憶なし。

夏目漱石坊っちゃん』:既読。都会人が田舎を馬鹿にした話で嫌いだと思った。

いとう:『坊っちゃん』は、基本的に松山を愚弄した小説ですよね。この田舎者、という態度がみえみえで。でも、松山の人はこの小説を愛している。どうしてなんだろう(笑)。

(p193)

・デュラス『愛人』:既読。映画の印象とごっちゃになっていて、文体とかの印象が残っていない。

ドストエフスキー地下室の手記』:座礁。挙句、手放した。自分もひきこもり気質のくせにひきこもり文学には親和性がない。同属嫌悪か。

いとう:読みにくさ抜群。第一部は、強制労働みたいな読書体験ですよね。

(p248)

奥泉:『地下室の手記』以降、ドストエフスキーの小説に出てくる登場人物のほとんどが、こういう性質を持っています。完結して安定した自己を保持する登場人物は一人としていない。
 …(中略)…
奥泉:…(中略)…ミハイル・バフチンが、ドストエフスキーの登場人物は成長しないと言っていますが……。
いとう:中学生で始まり、中学生で終わる。

(p265)

魯迅阿Q正伝』:既読。魯迅先生ファンですから。でもどれも読んでて絶望的に悲しくなる。

とりあえず、『愛人』を再読して、『予告された殺人の記録』の積読を解消して、ロシア文学の空白地帯に進出したい。